イグ・ノーベル賞って…

今年のノーベル賞が発表され、大村 智氏が医学・生理学賞を、梶田隆章氏が物理学賞を受賞しました。地道にコツコツと努力を積み重ねて来られたことに対して、心より敬意を表します。
毎年有力候補に挙がっている作家村上春樹氏は、残念ながら今年も文学賞受賞はなりませんでした。

皆さんはノーベル賞についてはもちろんご存知だと思いますが、では「イグ・ノーベル賞」については如何でしょうか。
イグ・ノーベル賞というのは、「人々を笑わせ、そして考えさせてくれる研究」に対して与えられるもので、1991年に創設されました。もちろん本家のノーベル賞をもじったものであることは間違いありません。
同賞には工学賞、物理学賞、医学賞、心理学賞、化学賞、文学賞、経済学賞、学際研究賞、平和賞、生物学賞などの部門があり、これまでに世界中の大勢の方々が受賞しています。日本人は1992年に「足のにおいの原因となる化学物質の特定」という研究に対して資生堂研究員が医学賞を受賞したのが最初です。
その後様々な日本人研究者が様々な賞を受賞しています。おもしろいものをいくつかご紹介しましょう。

1999年に牧野 武氏が「夫のパンツに吹きかけることで浮気を発見できるスプレーを開発した功績」に対して化学賞を、2003年に廣瀬幸雄氏が「ハトに嫌われた銅像の科学的考察(兼六園内にある銅像にハトが寄り付かないことをヒントに、カラス除けの合金を開発)」に対して化学賞を、2012年に栗原一貴氏と塚田浩二氏が「自身の話した言葉をほんの少し遅れて聞かせることで、その人の発話を妨害する装置を発明したこと」に対して音響賞を、2014年に馬渕清資氏他北里大学グループが「床に置かれたバナナの皮を、人間が踏んだときの摩擦の大きさを計測した研究」に対して物理学賞を、そして今年は木俣 肇氏が「キスやセックスによりアトピー性皮膚炎やアレルギー性鼻炎の患者のアレルギー反応が弱まることを示した研究」に対して医学賞を、それぞれ受賞しています。
いろいろな人が、いろいろなところで、いろいろなことを研究しているんだなぁと驚かされます。中にはこんなことを研究して何の役に立つの?と思うようなものもあるのですが、研究者にとってはそれなりの意味、理由があるのでしょう。凡人には考えの及ばぬところです。
何か疑問を抱き、その疑問を解決するために研究をし、答がみつかるというのが研究者としての醍醐味なのでしょう。そしてその研究成果が社会の役に立てば言うことなしなのだろうと思います。でもそうそううまくはいきません。成功よりは失敗の方が多いと思います。失敗にめげずに信念を貫き通す…、それが研究者にとって大切なことなのだろうと思います。そしてそれを見守る周囲の人々の暖かい目が必要です。すぐに成果が出ないような研究は金の無駄遣いだからやめろ、となったのでは、けっしてノーベル賞受賞には結びつきません。

ちょっと話は変わりますが、少し前、文部科学省が全国の国立大学に文系学部の廃止を求める通達を出したとのこと。教育学部や文学部などの学部は経営効率化のために切り捨て、理系学部に予算を投じて、企業の求める人材養成に沿った学部の充実を図るべきだということのようです。私は耳を疑いました。何を馬鹿なことを、と思いました。これに対して日本学術会議が反対声明を出しました。当然です。国はいったい何を考えているのでしょうか。大学の役割って何なのでしょうか。単に企業に対して人材を供給する機関でしかないのですか?

医学部は一応理系とされています。確かに生物学や化学の知識は必要です。そして解剖学や生理学、薬理学、病理学などを学びながら人間の構造を理解していきます。その上でさらに臨床医学の知識を身に着けていくことになります。でも医師として約40年の経験を積んできた今思うのは、医師、特に臨床医にとっては、文学や社会学や倫理学あるいは哲学といった、むしろ文系に属する学問的知識と素養こそが必要なのではないか、ということです。医療は人と人です。医師は患者の身体の仕組みだけではなく、心や人間性を理解しなければなりません。生物学や化学、数学などいわゆる理系の知識だけでは、人間を理解することはできないのです。
教育は人を豊かにし、社会全体を豊かにするもののはずですが、このままでは効率性のみが優先される偏ったものになってしまうのではないだろうか…、そんな危惧を覚えます。

話を戻して研究についても、様々な人が様々なテーマで研究をすることに意味があるのであって、すぐに社会に(というよりは企業に)役立つことを目的にした目先のものだけを追求するようになっては、研究のレベルダウンは避けられないのではないかと思います。
今回イグ・ノーベル賞の話をしたのは、世界的に脚光を浴びるノーベル賞の陰に、地道に研究を続けている人々がいて、効率的ではないかもしれないけれど、それらが社会の発展を支えているのだということを、皆さんにわかっていただきたかったからです。

医学領域においても多くの様々な研究が行われています。その成果が論文として公表されますが、医学・医療に変革をもたらすような画期的なものはごく一握りでしかありません。多くの研究はほとんど人の目に触れることなく埋もれてしまいます。しかし一見無駄であるかのような研究が、後日重要な発見に結びつくということがあるのです。
今研究に取り組んでいる人達には、一時の流行に惑わされず、信念を持って自分の道を歩んでほしいと思います。

平成27年10月15日
病院長 藤原正博

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