エビデンスとEBM

エビデンスというのは「証拠」とか「根拠」という意味です。EBMというのは「Evidence-based medicine (科学的)根拠に基づいた医療」のことです。皆さんも言葉くらいは耳にされたことがあるかもしれませんね。

今の医療はEBM全盛で、何かというとエビデンス、です。医療行為の実践にあたっては、その行為が患者さんにとって有用であるという裏付け(つまりエビデンス)が必要なのは当然です。私達がやっていることはなにもそれぞれが勝手に思いつきでやっているわけではありません。それなりのエビデンスに基づいてやっているのです。問題はそのエビデンスの質です。

最も質の高いエビデンスは「ランダム化比較試験」とされています。ある治療の有効性を証明するために、その治療を受ける人と受けない人をコンピュータなどで全く無作為に決定し、治療効果を比較する方法です(このランダム化比較試験を複数まとめたメタ解析と呼ばれる研究が、さらに上位に位置付けられています)。
次が「非ランダム化比較試験」。治療を受けるグループと受けないグループに振り分ける際、何らかの理由で無作為に割り付けられない場合です。
三番目が分析疫学的研究の「コホート研究」と呼ばれるものです。コホートというのは集団のことですが、ある集団において病気に関係のありそうな項目を予め調べておいて、その後どのような違いが出てくるかを追究するという研究方法です。
分析疫学的研究にはもう一つあって、「症例対象研究」と呼ばれます。病気の人達と病気でない人達との間で、たとえば過去の生活でどんな違いがあったのかを比較して、病気の原因を探るというような研究です。
五番目が「記述研究」と呼ばれるもので、一人ないしは数人の患者さんについて詳しく記述した症例報告がそれに当たります。
最も質が低いとされているのは、患者データに基づかない専門家個人の意見です。

かつては疾患の病態生理を解明し、その理解に基づいた治療が最善であると考えられていたのですが、必ずしも実際の臨床効果には結びつかないことがわかりました。たとえば心筋梗塞の患者は致死的な不整脈を伴って突然死をきたす可能性が高いので、不整脈を有する場合には予防的に抗不整脈薬を投与し、突然死を防ぐのがよいと考えられていたのですが、ある臨床研究で抗不整脈薬投与群の方が投与しない群よりも突然死が多いという結果が示されたのです。これによりEBMの重要性が認識され、心筋梗塞患者への抗不整脈薬投与は慎重に適応を検討するという方向になりました。
つまりそれまでの「なんとなく正しそうな」治療から、エビデンス(臨床試験の結果)に基づいた治療に方向転換をしたのです。

ただし、医師がひとりで全てのエビデンスを収集することなど不可能ですので、各専門学会がそれぞれの専門分野の診療に関するエビデンスを網羅的に収集して分析し、診療ガイドラインを作成して学会員に提供しています。一部は学会員以外にもインターネット上で公開されています。

じゃあ診療ガイドラインに従って患者さんの治療をしていれば、即ちそれがEBMで、問題がないのか、というと必ずしもそうとは言えないのです。
エビデンスは患者をグループに分けて結果を比較したもので、必ずしも個々の患者を識別して得られたものではありません。つまり統計上の平均値に過ぎないのです。たとえ同じ病名であっても、それぞれの患者で年齢、性別、生活環境、習慣は異なり、病状も一人ひとり異なります。「この薬は◇◇病に効果がある」というエビデンスがあったとしても、それが自分にも効くという保証はないのです。あくまでも平均値ですから、当てはまる人が多いのは確かですが、当てはまらない人もいるのです。
実際の治療にあたっては、効果だけではなく副作用の危険性、医療費の負担、患者さんの価値観など、多くの要素を考慮する必要があります。
患者さんによってはとてもよく勉強しておられて、「自分の病気には〇〇がいいと本に書いてありましたので、是非それを使って下さい」とおっしゃる方がいます。でもEBMを理解している医師であれば、はい、そうですか、とはけっして言いません。その○○が本当にその患者さんにとって有用なのか、十分検討する必要があるからです。その結果○○はその患者さんには合わないと判断すれば、患者さんのご希望に沿えない場合もあります。

おわかりでしょうか。エビデンスは良い医療を提供するための一つの大切な情報ではあるのですが、それが即EBMというわけではないのです。エビデンスは臨床研究の結果、EBMは一人ひとりの患者に対して何が一番良いのかを検討する、実際の医療現場での行動様式なのです。

最近の若い医師でこのあたりのことを誤解している人もいるようです。「この薬はあなたの病気に効くというエビデンスがあるので、あなたにはこの薬を使います」というのは、EBMではないのです。こういうエビデンスがあるという情報を提供した上で、あなたと一緒にあなたにとって一番いい医療が何なのかを考えてくれる医師、そんな医師だといいですね。

でも実際には医師は忙しすぎて、十分な時間をとって皆さんと向き合うのが困難なのが現状です。また皆さんも医師にいろいろ質問をするのは申し訳ないと思っていらっしゃるのか、ほとんど質問をされません。基本的に医師は皆さんにとって何がいいのかを考えながら診療をしていますので、皆さんが今の自分の状況に満足していらっしゃるのであればそれでいいのですが、もし何か疑問を感じるようなことがあった場合には、是非担当医に訊いてみて下さい。病気はあなた自身のものです。あなたが納得のいく医療を受けられることを願っております。

平成28年3月3日
病院長 藤原正博

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