「患者力」という言葉をご存知ですか?

かつての医療は「お任せ医療」とか「パターナリズム」とか呼ばれて、医師が絶対的な権限を握っていました。医師は患者さんに対して「素人は黙ってプロである自分の言うことに従って入ればいい」という態度をとり、また患者さんも「自分は素人で何もわかりませんので、よろしくお願いします」と医師に全権を委ねていました。
その頃は患者さんが手に入れられる医療情報は限られており、知識格差が大きかったため、患者さんは医師に従わざるを得なかったのです。

それが徐々に患者さんにも情報が入るようになり、それに伴って医療の不確実性が明らかとなって来ました。同時に医療事故がマスコミで頻繁に報道されるようになり、それまでの医療に対する信頼が揺らぎ始めました。「お医者さんに任せておけば大丈夫と思っていたのに、そういうわけでもないんだ」と、人々が感じ始めたのです。

そうこうしているうちに米国から「インフォームド・コンセント」の概念が導入され、医療の在り方が大きく変化することになりました。
「インフォームド・コンセント」については前にもお話ししましたが、適切な訳語がなく、そのまま使われています。直訳すると「情報を提供された上での同意」ということになるのですが、実はその中に様々な要素を含んでいるのです。即ち、まず医療側が診断や治療に関して必要な情報を患者さんにわかりやすく説明をします。患者さんはそれをきちんと理解しなければなりません。その上で提示された治療法などについて自分で考え、納得し、選択・決断し、医療側に同意を与える、あるいは拒否するということになりますが、その一連の過程を「インフォームド・コンセント」と言うのです。
今までは「先生にお任せ」で済んでいたものが、自分で考え、自分で決めなければならなくなったのです。

米国においては、自由民権運動の高まりの中で、自分の権利を守るという意識から必然的に生まれて来たのがインフォームド・コンセントなのですが、日本においては人々の権利意識の高まりからというよりは、医療側が率先して取り入れたという面が大きいと思います。つまり医療というものが不確実で限界があるということがわかったことで人々の間に広がった不安感、不信感をなんとか収めようという医療側の意思が働いたということでしょうか。
その分当初は一般の人々には馴染みが薄く、自分で考えて自分で決めろなんて言われてもなぁ、と戸惑った人がほとんどだったと思います。でも時間をかけて少しずつ浸透し、今では当たり前の概念として受け入れられています(と思うのですが…)。

医療が不確実で限界があり、しかも少なからぬリスクを抱えていることが明らかになった以上、そのことを患者側も引き受けなければならなくなったのです。お医者さんに任せておけば全てうまくいくわけではないのです。医療側と患者側が十分に話し合い、お互いの信頼感を構築し、お互いが納得した形で医療行為を進めていく…、そのためのカギがインフォームド・コンセントなのです。

あなたが病気になって医療機関を受診すると、あなたが望もうと望むまいと、膨大な情報があなたに降り注ぎます。今まで病気なんてしたことがなく、病気の知識など何もなかったところに、これでもか、これでもかと情報が詰め込まれると、たぶんあなたは呆然とするに違いありません。でもここで落ち着いて膨大な情報を自分なりに整理する必要があります。そして疑問な点は医療側にぶつけ、さらに理解を深めましょう。その上で自分はどのような治療を受けたいか考える必要があります。ある病気に対する治療は複数存在するのが一般的です。この病気にはこの治療しかないということはまれです。医療側はあなたの状況を考えてこの治療がいいと提案すると思います。あなたがそれを納得できるのならその治療を選べばいいと思います。でも自分は別の治療を選択したいという希望があるのなら、それを率直に医療側に伝えて下さい。そして心ゆくまで話し合って下さい。医師は医療に関してはプロです。たくさんの知識と情報を持っています。それを上手に引き出し、利用して下さい。このような忌憚のない意見交換ができる関係を築くためのコミュニケーション能力を磨くことが大切です。
その上で治療法が決まったら、あとは医療側と協力しながら治療に取り組みましょう。選んだ治療が100%奏効するとは限りません。うまくいかない場合もあり得ます。その不確実性を許容する必要があります。100%でなければダメだということになると、医療は成り立ちません。結果については全てをあなたが引き受ける覚悟が必要なのです。

表題に掲げた「患者力」というのは、あなたがいい医療を受けるために必要な力なのですが、そんなに難しく考えることはありません。要は自分の病気を人任せにせず、自分のこととして捉えていろいろな知識を習得すること、そして医療側と良いコミュニケーションをとって、お互いの信頼関係を築くこと、それだけなのです。

患者力というものを理解する上で参考になりそうな書籍をご紹介します。表題は挑発的で気に入らないのですが…。

  • 「医者に手抜きされて死なないための患者力」 増田美加 著 講談社
  • 「一流患者と三流患者~医者から最高の医療を引き出す心得」 上野直人 著 朝日新書562

めんどくさいとお思いですか? 確かにそうですよね。私達日本人は信頼できる相手であれば、決断をその人に任せてしまうという面があるようです。
たとえば料理屋でおまかせコースというのがありますよね。あれは欧米人にとっては信じ難いことなのだそうです。自分が食べるものを人任せにして、しかも何が出てくるかわからないなんて、「信じられなぁ~い」ということらしいです。
同様に自分の体に関する医療行為を全部人任せになんてできないというのが欧米人の感覚なのでしょう。
でも一人の日本人としての私は思います。もし医師との間に揺るぎない信頼関係を築くことができて、その医師に自分の命を預けるという覚悟ができるのであれば、その医師にお任せというのもアリなのではないか、と。

 平成28年8月25日
病院長 藤原正博

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