栄光の陰に~日本の基礎研究の危うい将来

大隅良典氏が今年のノーベル医学生理学賞に選ばれ、12月10日にスウェーデンのストックホルムで授賞式が行われました。
受賞の対象となった業績は、「オートファジーの仕組みの発見」。

「オートファジー」というのは、細胞が自分自身の蛋白質を分解し、新しい蛋白質の材料として再利用する仕組みのことです。大隅氏が1988年に酵母でオートファジーが起こることを確認したのですが、当時はそれほど注目はされなかったようです。その後研究が進み、オートファジーは哺乳類、昆虫、植物などあらゆる生物に共通の生命現象であることがわかっています。
また最近では、パーキンソン病やアルツハイマー病との関連も指摘され、新しい治療法の開発に繋がることが期待されています。

医学の進歩のためには基礎研究が重要なのですが、それを取り巻く環境が非常に厳しくなっています。

一つはお金の問題。研究のためにはお金が必要ですが、それを支えるのは国からの「運営費交付金」と「科学研究費補助金」。科学研究費補助金(科研費)は研究者個人を対象に研究テーマ別に募るものですが、すぐに結果や利益に結びつく研究に重点が置かれているため、基礎研究者には配分されにくいのが現状です。
基礎科学は運営費交付金に頼らざるを得ないのですが、その運営費交付金は減額の一途をたどり、最近は研究者一人当たり年間50万円程度にしかならないとのこと。これでは満足な研究などできるわけがありません。

もう一つは人の問題。研究者を目指す若者が減っています。
かつては医学部を卒業して医師になると、多くは臨床に進みましたが、一部は基礎医学の研究室に所属して研究者としての道を歩みました。
ところが新臨床研修システムが導入されてからは、全ての医師免許取得者は2年間の臨床研修が義務付けられることになりました。実際には臨床研修を受けずに基礎医学の道に進むことも可能なのですが、基礎医学者の収入は低く、生活のために健診などのアルバイトをしようということになると、臨床研修を受けていなければできないということになってしまったのです。そのためほぼ全ての医学部卒業生は2年間研修を受けることになりました。臨床現場は医師を志す者にとっては魅力的です。卒業時に基礎医学に興味を持っていた人でも、2年間の臨床研修の間にその興味が薄れてしまい、臨床に進む人が多くなり、基礎医学の研究者を目指す人は減ってしまいました。

さらにここにきて「新専門医制度」が発足することとなり、基礎医学にとっては大きなピンチを迎えています。まだ流動的な部分はありますが、最近になって骨格が固まって来たようです。
2年間の臨床研修の後、内科、小児科、外科、産婦人科などの専門医資格の取得を目指して研修を始めるわけですが、日本専門医機構は全ての医師に何らかの専門医資格をとることを勧めています。しかしこの専門医は、病理学を除くと全て臨床系の専門医で、基礎系は無視されています。
現在の医学界には基礎医学を大事にして研究者を育てようという姿勢はなさそうですので、本人によほどのモチベーションがない限り、基礎医学の道に進む人は出て来ないでしょう。
また優れた研究のためには若い柔軟な頭脳が必要と言われています。20代半ばで医師になり、その後5年以上臨床現場で訓練を受け、ある程度固定的な医学的概念を刷り込まれてしまうと、30代になってさて研究を、と言っても、その人に柔軟な発想を求めるのは難しいかもしれません。
iPS細胞の研究でノーベル賞を受賞した山中伸弥氏は、かつては整形外科医で、手術が下手で先輩からしょっちゅう怒られていたそうですが、基礎の研究者になって優れた業績をあげました。でもそんな人は滅多にいないのです。
今自分が研究していることが、いつか病気の原因解明や治療に結びつくかもしれない…、そう思って地道に研究に取り組む若い人が増えて、基礎医学の裾野が広がらない限り、日本の医学の将来は危ういと言っても過言ではないと思います。

すぐに結果に結びつかなければ無駄だといって切り捨て、効率を優先するような国あるいは社会では、将来ノーベル賞に繋がるような画期的な仕事など、けっして出てこないのではないかと思います。無駄かもしれないけれど、ひょっとするとものになるかもしれない…、そんな思いでおおらかに見守ってくれるような社会であることを願うばかりです。

 平成28年12月22日
病院長 藤原正博

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