老いを受け入れる、死を想う

平成24年に出版されてベストセラーになった「大往生したけりゃ医療とかかわるな~自然死のすすめ」の著者中村仁一氏が、最近続編を出されました。「大往生したけりゃ医療とかかわるな【介護編】~2025年問題の解決をめざして」です。同じく幻冬舎新書です。
目次をご紹介します。第一章:医療業界による¨マインドコントロール¨は凄い、第二章:「延命医療」と¨延命介護¨が穏やかな死を邪魔している、第三章:年寄りの手遅れで無治療の「がん」は痛まない、第四章:自然死なら「看取り」はどこでもできる、第五章:繁殖終えたら「死」を視野に生きる、かかわる、第六章:¨真打ち¨は「死に時」がきたら素直に受け入れよう、という内容です。

前著同様毒舌というか辛口の語り口なので、中には反発する方がおられるかもしれません。でも是非一度お読みになることをお勧めします。齢を取った方はもちろん、若い方であっても、自分の生き方を考える一つのきっかけになるのではないかと思います。

中村仁一氏は77歳で、いわゆる後期高齢者として自分の考えを述べておられますが、そこまでは達していない私にも十分共感できる内容です。否、私自身の考えに近いと言っても間違いではありません。医療は万能ではなく限界があること、医療に過度の期待を抱かないこと、死を意識すること、老いを受け入れること、身体が動かなくなる前に、自分のできること、やりたいことをやっておくこと、自宅で死ぬためには「世話され上手」になること、すなわち自分でできることは精一杯する、自分でできないことをしてもらった時にはお礼を言う、愚痴や弱音を吐かないの3点、等々。

私もこれまでに様々な機会をとらえて「人には寿命があって、いつか必ずお迎えが来る」と申し上げてきたのですが、多くの方々は死から目を背けようとします。
医師も「死」という言葉を口にすることをためらいます。病気を治すことを期待される大病院の医師、特に「名医」ともてはやされる人々はそうです。その人達にとって「死」は敗北だからです。斯くいう私も昔はそのように教育され、何とかして病気を治したいと思ってがむしゃらに頑張った時期があります。しかし頑張れば頑張るほど自分の、そして医療そのものの限界が見えてくるのです。全ての病気を治すことはできない、たとえ一つの病気を治すことはできても、人はいつか必ず死ぬという当たり前のことに気づかされるのです。

誤解のないよう申し上げておきますが、私自身は治る可能性があるのならばそのために全力を尽くしたいと思っています。しかしそうすることで再発・難治で治癒の可能性が低くなったがん患者さんや高齢の患者さんを、かえって苦しめる場合もあります。その際は患者さんの意向を尊重します。わずかな可能性にかけるとおっしゃるのならそれに従い、ここまで十分頑張ったからもういいよという方あるいはもう齢だから苦しい思いはしたくない、ここまで生きれば十分という方であれば、あとは苦痛緩和に努めながら、患者さんに寄り添うよう心掛けます。少なくとも都会の大病院の「名医」のように、もうここでできることはないから、あとは近くの病院へ、などとは決して言いません。

どうあがいても死すべき定めにある人間にとって、医療の役割は何なのでしょうか。それを医療側も患者側も、共に考える必要があると思います。医療というものをきちんと理解し、誤解を改め、その上でどのように医療と付き合えばいいのか、みんなで考える必要がありそうです。

人間は齢をとります。これは避けることのできない事実です。アンチエイジングという言葉もあり、見かけ上とても若く見える人がいることも確かですが、でもいつまでも若いままでいることはできません。一見若く見える人ほど急に年老いたりします。
医療の進歩や社会環境の整備により人間の寿命が延びてきたことは確かで、日本人の平均寿命は男女とも80歳を超えています。100歳を超えて長生きする人も年々増加しています。しかし寿命の延長もどうやら限界に近づいているようで、ネイチャーという有名な医学雑誌にも、人間の寿命はせいぜい120歳という論文が掲載されています。

人間には寿命があり、寿命があるからこそ生きていることを大事にしなければならないのではないでしょうか。

中村氏は、人間は自分でものが食べられなくなればそれが寿命であり、鼻からチューブを入れたり胃瘻をつくったり、あるいは点滴で強制的に栄養補給をすること、さらに介護の現場でむりやり口にものを押し込むのは、本人にとっては拷問でしかないとまで述べています。
本人が予め事前指示書を残していて延命措置を拒否する意思が明らかであればいいのですが、そうでないとほとんどの家族はどんな姿でも構わないのでなんとか生きていてほしいと願い、延命措置を希望します。しかしこれは本人のことを考えない家族のエゴでしかないと中村氏は切り捨てます。
また延命措置にはお金がかかりますので、どうしてもそれを望むなら、公的保険からははずして全額自己負担でやるべき、とも述べています。逆に本人がどんな姿になっても生かしておいてほしいと事前に意思表示をしている場合は、保険適応とするのもやむを得ない、と。

皆さんがどうお考えになるかはわかりませんが、是非一度この「大往生したけりゃ医療とかかわるな【介護編】」に目を通していただいて、生きること、老いること、病気になること、そして死ぬことについて考えていただければ、と思います。

平成29年4月27日
病院長 藤原正博

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