医師の働き方改革

電通の若い女性社員の過労自殺を受けて、政府は「働き方改革実行計画」をまとめ、2019年度からの実施を目指しています。
これは、時間外労働を原則月45時間とし、労使が合意した場合には年720時間(月平均60時間)を上限とするというもので、罰則付きです。ただし、医師については上限規制が5年間猶予されました。現状のままで規制が適用されると、応召義務が果たせなくなるおそれがあるから、というのがその理由です。

一般企業では午前8時から12時まで、1時間の昼休みをはさんで午後1時から5時まで、計8時間の就業時間、それ以降翌日までは基本的に拘束されることなく自分の自由に使える時間、もし所定の時間内に仕事が終わらない場合には時間外勤務として届け出るというのが普通ではないかと思いますが、病院に勤務する医師は違います。

病院の医師は平日日中は外来診療、入院患者の診療、検査、手術などに従事していますが、夕方5時に仕事が終わって帰ることはまずありません。医師によっては午前中外来診療、午後から検査、夕方以降入院患者の回診で、仕事が終わるのが夜8時、9時、手術が長引いた場合などは深夜に及ぶこともあります。
さらに論文を読んだり書いたり、学会発表の準備をしたり、各種証明書の記載をしたり、様々な検討会や会議に出席したりと、いろいろな業務があります。

基本的に主治医制(一人の患者を決まった一人の医師が診る)ですので、入院患者を受け持っている場合には24時間拘束されます(このあたりが他の職種と違うところです)。具合の悪い患者がいれば、休日であろうと夜間であろうと呼び出されます。実際に呼ばれることはなくても、緊張が解けることはありません。たとえ呼び出されなくても、ほとんどの医師は休日であっても病院に出て患者の診察をします。

また救急対応をしている病院においては、休日・夜間は基本的に当直医が診察に当たります。当直医の本来の仕事は病院内での緊急事態に対応することであり、ほとんど寝て過ごすものであるとされています。しかし当院を始めとして多くの病院においてはそのようなことは許されません。救急車で搬送される患者あるいは自分で直接来院する患者が後を絶たず、当直医は休むことができません。また必要であれば各科の専門医が呼び出されます。夜間当直の医師は眠ることなく働き続け、翌日は通常業務に就きます。一晩寝ずに翌日の仕事をする場合の集中力は、酒を飲んだ後のほろ酔い状態と同程度と言われています。ほろ酔い状態で診察をしたりメスを握ったりする…、考えただけでもゾッとしますよね。でもそれが現実なのです。日本の救急医療は医師達のこのような頑張りに支えられているのです。

日本の勤務医の平均労働時間は70~80時間と言われています。労働基準法で定められた労働時間は「一日8時間週40時間」ですから、これを大幅に上回り、30~40時間の時間外労働をしているということになります。月に直せば120~160時間ということになります。そういう状況で日本の医療が成り立っているわけですから、政府が言うように月45時間(例外的に60時間)を上限とするという罰則付きの規制が適用されれば、日本の医療が立ち行かなくなるのは明らかです。
今のような医師の働き方がいいというわけではありません。是正すべきであるのは確かです。そうでないと新潟市民病院の医師が過労自殺したというような事例が、いつか必ずまたどこかで起きることになります。

じゃあどうすればいいのか…。

まず医師数を増やす必要があります。全体の数もそうですが、特に病院勤務医の数です。しかしこのことについては昔から「日本の医師数は足りており、偏在が問題」と言って、国は真剣に向き合ってはきませんでした。最近になって医師の絶対数不足を認めるようになってはいますが、積極的に増員を図る対策を講じてはいません。医学部の定員増などで少しずつ医師数は増えてはいるのですが、すぐには医師不足を解決することはできません。

医師の負担軽減のためにたとえば米国のように日中と夜間の担当医を分ける、夜勤明けは休むというようにするとしたら、日本では医師の数が全く足りず、実現不可能です。またそういう体制を皆さんが了解できるでしょうか。主治医に対する信頼あるいは依存の裏返しなのでしょうが、死亡時に主治医が立ち会わなかったからということで、その主治医に土下座させる家族がいる(県外の某病院での出来事です)ような日本で、受け入れられるとはとても思えないのですが…。

もし夜間・休日の救急対応はしないということにすれば、応召義務との間で問題が生じます。都会のように病院がいくつもあって交替で救急対応ができるのであれば、当番日以外は一切対応しないということで医師の負担を減らすことはできます。しかし当院のように、一応輪番制はとっているものの、ほぼ毎日救急患者を受け入れなければならない病院の場合、医師は休むことができません。

新潟市民病院が労働基準監督署の是正勧告を受けて、外来は全て紹介制、救急患者は三次救急に限定という方針を示しましたが、それが医師の時間外労働の削減に繋がるのか、注視する必要があります。
ただそういう方針を示したことで、新潟市内の他の病院の負担が大きくなるのでは、と危惧しています。

皆さんは制限されることなく医療機関にかかれるのは当たり前と思っておられるかもしれませんが、その「当たり前」を支えているのは医師を始めとする医療スタッフの努力の賜物なのです。
医師不足解消の目処が立たない中、罰則付きの時間外労働規制が適用されれば、病院としては救急医療を縮小せざるを得ません。今は柏崎刈羽地域の救急搬送を断ることなく受け入れていますが、その一部をお断りする、あるいは市外の病院に紹介するという事態になりかねません。また救急車以外での飛び込み受診はお受けできなくなると思われます。
そうなれば皆さんに影響が及びます。しかし働き方改革については政府はなぜか本気のようです。そうであれば、どうすれば今の医療体制を維持しながら医師の労働時間を短縮するか、皆さんにも考えていただかなければなりません。そして皆さんのご協力が必要です。たとえば救急車の適正使用、不要不急の夜間・休日受診を控える、等々。

当院は年間2,400台前後の救急搬送を受け入れていますが、その半数近くは軽症で、本来救急車を必要とせず、あわてて受診しなくてもよかった方達です。また夜間・休日に自分で直接来院される方で入院が必要となったのは極一部です。そういった方達が平日日中に受診していただければ、当直医の負担はかなり減ります。
ただ実際には自分の症状が緊急を要するものか否かを自分で判断するのは難しいかもしれません。そんな時はかかりつけ医がいればそのかかりつけ医に、あるいは救急担当病院に電話で相談するのがいいと思います。

少なくとも発熱や感冒様症状で夜間・休日に病院を受診するのはやめた方がいいと思います。熱が出たということであわてて病院を受診しても、その時点では診断がつかないことが多く、当直医は「様子を見ましょう」と言って、せいぜい解熱剤を処方するぐらいで終わってしまいます。具合が悪い中わざわざ病院まで出かけて行っても、結局はあなたが損をするだけなのです。そんなことなら家で冷たいタオルで額や腋の下を冷やしながら安静にしている方が、ずっといいのです。翌日病院を受診することで手遅れになることなど、まずありません。

将来「当たり前」が当たり前でなくなるかもしれない状況の中で、医療側の努力だけで「当たり前」を維持することは困難です。皆さんのご協力をお願い申し上げます。

平成29年7月20日
病院長 藤原正博

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