専門医制度の行方

最近の医療は益々専門分化が進んでいます。医師だけではなく、看護師もそうです。否、他の職種においても「専門……」「認定……」という資格を持つ人々がいます。
「一芸に秀でる」という言葉があって、それはそれで意味のあることだとは思いますが、私はちょっと心配しています。

医師の場合、これまでも専門医はおり、内科、外科、小児科など各学会が認定していました。個人で研鑽を積むと同時に指導医のいる医療機関で研修を受け、学会の主催する専門医試験を受けてその資格を取得するという形でした。
しかしこれまでは、専門医資格は名ばかりで、資格を持っていることに対するメリットはほとんどありませんでした。また専門医の乱立による質の低下が懸念されるようになりました。さらに患者さんの受診の指標にもなっていませんでした。
そこで、質を担保し、患者さんの受診のためのよい指標となり、国民に広く評価される専門医を育てるべく、日本専門医機構が設立され、紆余曲折の末、来年4月から新しい専門医制度が施行されることになりました。ただ実際にはいろいろ問題を抱えており、きちんと機能するのかどうか予断を許さないところがあります。

詳細は省きますが、私が一番懸念しているのは、専門医資格を取った医師が、自分は○○の専門医なので××のことは知りませんというような事態にならないかということです。その隙間を埋めるべく、「総合診療専門医」が新設されることになっていますが、どれだけの医師がその方向に進むのか、全く不透明です。

国が「地域包括ケアシステム」の構築を目指している以上、これからの医療は「在宅」が中心となることは間違いありません。そのために必要なのは一つの領域に偏った専門医ではなく、患者さんを一人の人間としてその全体を診ることのできる医師です。「総合診療専門医」がその役割を担うことが期待されているのですが、国の思惑通りに事が進むのか、注目する必要があります。

一時期、専門医機構が、今後は全ての医師が何らかの専門医になるべきという馬鹿げた提言をしたことがありますが、新しい専門医制度整備指針においては、専門医資格の取得は強制ではないとされています。質の高い専門医を育てるという考え方を否定するわけではありませんが、全ての医師が何らかの専門医というのは、ちょっとおかしい。

国は医療費削減のために急性期病床を減らすことに躍起となっています。さらに病院の役割分担を進めようとしています。つまり、将来は専門医が自分の専門領域だけを診ていればそれでいいという大規模病院は減っていく定めなのです。必要とされるのは、「在宅」の患者、あるいはいくつもの慢性疾患を抱える高齢者を診ることができる医師なのです。「総合診療専門医」を志す医師がどれだけいるのか…、それによっては将来の地域医療が混乱する懸念もあります。

人間は齢をとるとともに身体のいろいろなところが弱り、傷み、様々な病気を抱えることになります。一人の人が高血圧、糖尿病、高脂血症、骨粗鬆症などのいくつかの病気で治療を受けているというようなことは、けっして珍しくはありません。さらに脳梗塞だったり心不全だったり、あるいはがんという病気になったり…。そんなとき、私は高血圧が専門なので糖尿病はちょっと、とか言われれば困りますよね。
がんについては確かに専門性を要求されます。一般の医師が誰でも治療できるというものではありません。じゃあ、がんのことだけ知っていればいいかというと、けっしてそんなことはありません。たとえば化学療法後に白血球が減って感染症に罹患したときにどう対応するのか、もともと糖尿病があって、治療後に悪化して著しい高血糖になったときにどうするのか、抗がん剤の影響で心臓がダメージを受け、突然心不全になったらどうするのか等々、考えておかなければならないことが多々あるのです。
さらに治癒が望めなくなった時、患者さんにどう寄り添うことができるのか…。ここでできることはないのでよその病院へ、などと突き放すようでは、がん専門医とは言えません。

医療は「人と人」です。大切なのは病気にのみ目を向けるのではなく、病気を持った「人」に目を向けることなのです。専門医を育てることは悪いことではありませんが、専門医である前にまず一人の医師であるという立場をしっかりと自覚するべきでしょう。

それと同時に、皆さんがどういう医療を望み、どういう医師を求めるのかを、はっきりと意思表示することも大切です。とにかく病気を治してくれればいいと考えるのか、自分という一人の人間と真摯に向き合ってくれる医師を求めるのか…。それによりいずれ医療は皆さんの求める方向に収束していくはずです。

平成29年8月24日
病院長 藤原正博

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