いい医療の日

日本医師会は1947年11月1日に設立され、今年で70周年を迎えます。それを記念して、11月1日を「いい(11)医(1)療の日」とすることを日本記念日協会に申請し、登録されました。より良い医療の在り方について、国民と医師とが共に考えながら、さらなる国民医療の向上に寄与していくことが目的、と日本医師会の横倉会長が述べています。

「いい医療」とはどういうものか、たぶん様々な意見があると思います。皆さんと医療側との間での違いはあるでしょうし、皆さん一人一人、あるいは医療側においてもそれぞれの考え方は違っているかもしれません。それを一つにまとめることは難しいですし、一つにまとめる必要もないと思います。しかしそうは言ってもそれぞれの思いが全くバラバラでは「いい医療」を実践することはできません。それぞれの思いをすり合わせながら、あるところで妥協点を見出す必要はありそうです。
皆さんは医療というものをどこまで理解していらっしゃるでしょうか。
私はこれまで、皆さんに「いい医療」を受けていただきたい、そして私自身も皆さんに「いい医療」を提供したいという思いで、医師としての仕事に従事して参りました。その過程で、どうも一般の方々は医療というものを十分理解しておられないのではないかという思いを抱き、皆さんと私達医療側との思いのギャップを埋めるべく努力して参りました。このコラムを書いているのもその一つです。
医療はもともと不確実で限界があります。そのことを理解した上で患者側と医療側との信頼関係を築かなければなりません。うまくいって当たり前、結果が悪ければ医療側の責任を追及されるということでは、医療は成り立ちません。

たぶん皆さんは、普段健康なときは医療とはどういうものかなんて考えることはないと思います。病気になっても、病院に行けば何とかなるとお考えの方がほとんどではないでしょうか。
医療は確かに一部の病気を治すことはできます。治せない場合にも病気をコントロールすることは可能です。また病気にならないように人々の啓蒙を図り、指導することもできます。しかし医療はけっして万能ではありません。医療の力の及ばないことも多々あります。
医療というものを十分ご理解いただいた上で、心から信頼できるかかりつけ医を見つけ、その医師と仲良くする、それが「いい医療」を受けるための秘訣なのです。

一方医療側にしてみれば、病気を治してほしいという患者さんの希望・期待に応えられない場合は、内心忸怩たるものがあるかもしれませんが、医療の限界を自覚し、病気だけに目を向けるのではなく、患者さんという一人の人に対して自分に何ができるかを考えるべきでしょう。
神ならぬ身であることを理解すれば、患者さんの前でふんぞり返る理由はないはずです。

ただ、患者さんがどんなに勉強しても、プロである医師を凌ぐことはできません。一般の方々には是非そのことをわかっていただきたい。逆に医師が患者さんの知識や技術、人間性を上回るかというと、けっしてそんなことはありません。医療に関してはプロとアマチュアの違いはあっても、一人の人間としては対等なのです。
要はお互いを理解し、お互いに敬意を払いながら、人としてのいい関係を築くこと、それが大切なのではないでしょうか。

平成29年10月26日
病院長 藤原正博

カテゴリー: 院長の部屋