想定外

猛暑、西日本豪雨、相次ぐ台風上陸、そして北海道の大地震…。
日本列島は次々と大きな災害に見舞われています。いったいどうなってるの? と言いたくなりますよね。

台風21号が通過したことで関西空港が水に浸かりました。流されたタンカーが連絡橋に衝突して通行不能となり、一時約8.000人が空港ビルに閉じ込められました。
北海道胆振東部地震では道内各地で甚大な被害が出ると同時に、広い地域で停電となりました。原因は「ブラックアウト」と呼ばれる現象でした。

災害で大きな被害が出るたびに言われるのが「想定外」。とても便利な言葉ですね。言われた方もなんとなく納得してしまいそうです。でも実際に被害に遭われた方にとっては「想定外? 冗談じゃねぇよ!」ということになるでしょうね。
関西空港の浸水についても、造成後地盤沈下が進み高潮による浸水が想定されたために、防潮堤を築き、5メートルの高潮に耐えられるようにしていたとのことです。その「想定」が間違っていたわけです。
「想定」するのはその道の専門家で、過去の様々なデータに基づいて想定するのでしょうが、自然の力が想定を上回るのはあり得ることで、止むを得ないとは思います。でもそのときに「想定外」という言葉で責任逃れをするのはどうなのでしょうか。

医療でも想定外のことは起こり得ます。
たとえば、治療抵抗性のがんが、重症肺炎を合併したことで自然退縮する場合があるということが昔から知られています。いい意味での「想定外」ですね。おそらく肺炎に対して働いた免疫学的機序が、たまたまがんに対しても作用したためと考えられています。たぶん最初に報告した医師は「そんな馬鹿な」という思いだったのではないでしょうか。まさに「想定外」のことだったわけです。でもその後同様な報告が相次ぎ、現在のがん免疫療法に繋がっていきました。
肺がん治療薬であるイレッサをご存知でしょうか。今隆盛を極めているがん分子標的薬のはしりです。通常の抗がん剤治療が効かなくなった肺がんに対して劇的な効果を示す薬として導入されました。ところが先行使用されていた欧米ではほとんどなかった有害事象としての間質性肺炎が、日本の患者に多発し、そのために死亡する患者が出たのです。
薬が開発されて臨床に用いられるまでには様々な過程を踏みます。効果はどうか、適正量はどのくらいか、どういう使い方がいいのか、有害事象はどうか、等々。その上で実際に患者さんに使用されますので、医師は効果や有害事象についてのある程度の「想定」が可能です。イレッサによる間質性肺炎はごく稀とされていたにもかかわらず、日本人患者に頻発したのは、「想定外」だったわけです。でもこのことがイレッサの適正使用に繋がり、どういう患者に有効なのかの解析に繋がっていきました。

医療においても「想定外」のことは起こり得ますが、それを将来のために役立てています。しかし自然災害に対する政府等の対応は…。想定外の出来事が、その後の防災に役立ったというような話は聞いたことがないのですが…。

イレッサに限りません。他の多くの薬でも想定外の有害事象が起こることがあります。薬を使う場合には思わぬ(想定外の)有害事象が起こる可能性があることを、医師も患者も頭に置いておく必要があります。

もし「想定外」の有害事象が起こったときにはどう対応すればいいのでしょうか。後遺症を残さず無事に快復すればいいのですが、重篤な障害が残ったり亡くなられたりしたときには…。

医療はもともと不確実なもので、「絶対」ということはあり得ません。やってみなければわからない部分が多々あるのです。医療にはリスクが伴います。日本人の多くはゼロリスクを求めますが、そういうわけにはいかないのです。
もちろん私達医療側はリスクをゼロに近づけるよう努力はしますが、けっしてゼロにはなりません。
そんな中で皆さんが満足のゆく医療を受けるためには、医療側との信頼関係を構築し、医療にはリスクがあるということを受け入れる必要があります。

何か想定外のことが起こったとき、それを全て医療側の責任とされ、医療ミスだと言われたのでは、医療は成り立ちません。もちろん医療側に責任がある場合にはその責めを負うのは当然です。そうではなく、「想定外」の思わぬ事態が生じた場合は、その原因を究明して次に活かしていくという姿勢が大事なのではないでしょうか。

自然災害に対しては、国民の命を守るべき政府が「想定外」として片付けてしまうのであれば、自分で自分の身を守る努力をするしかありません。もちろん限界はあるでしょうが…。

医療については不確実で限界があり、リスクを伴い、想定外のことも起こり得ます。そんな医療は信頼できない、かかわりたくないとおっしゃるのであれば、病気になったりけがをしたりしなければ医療とはかかわらずに済むわけですから、自分の健康を維持する努力をするのが一番ですね。
でも生涯病気と縁がなく過ごせる人はそうはいません。もし病気になってしまった場合にはどうするか…。
そんな場合であっても医療を信頼できないのであれば、それなりの覚悟を持って医療を遠ざけるというのもその人の生き方でしょう。医療を受けるか受けないか、決めるのはあなたです。でも実際には医療を受け入れずに過ごすというのは難しいと思います。
通常は医療の不確実性とリスクを受け入れ、自分の信頼できる医師あるいは医療機関を探し、そこに身を委ねるということになるのではないでしょうか。ゼロリスクにこだわらなければ、医療は信頼に値すると私は思っています。

平成30年9月27日
病院長 藤原正博

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