がんの免疫療法 ~冷静な対応を

皆さんは普段お考えになることはないでしょうが、ヒトの体は実に巧妙にできています。免疫という仕組みもその中の一つです。
免疫というのは「疫を免れる」ということで、体内に侵入した異物に体が乗っ取られることがないように、その異物に対抗して排除するという体の仕組みです。
たとえばかぜやインフルエンザなどのウイルス感染症が自然に治まるのはそのためです。

免疫の詳細な仕組みをここで述べることはしませんが、最近本庶 佑氏がノーベル医学生理学賞を受賞したことで話題となっているがんの免疫療法についてお話ししたいと思います。

がんの治療は手術療法、化学療法(抗がん剤治療)、放射線療法が三大治療法とされて来ました。そして今ここに第四の治療法として免疫療法が加わることになりました。
実は免疫療法と称されるものは以前よりあったのですが、有効性・安全性の証明されていない胡散臭いものばかりでした。しかし本庶氏が開発にかかわったニボルマブ(商品名:オプジーボ)という薬は、初めて有効性が証明された画期的な免疫療法薬なのです。ただ誤解のないよう予め申し上げておきますが、ニボルマブはけっして魔法の薬ではありません。有効率は20~40%ですし、重篤な有害事象もあります。

外から侵入してきた異物に対抗するのが免疫と言いましたが、実は自分の体内で生まれたがんに対しても免疫が働きます。
がん細胞が生まれると免疫機構はそれを異物として認識し、排除しようとします。排除しきれればいいのですが、一部残存する場合があります。その場合は平衡状態となってがん細胞は増殖せずに体内に存在することになります。そしてどこかの時点で免疫の監視から逃れる機能を獲得すると、がん細胞は増殖して顕在化します。

なぜ免疫の監視をすり抜けるのか…。実は免疫機構には「行き過ぎ」を防ぐために、免疫にブレーキをかける因子があるのです。これを免疫チェックポイントと言い、その一つがPD-1と呼ばれるものです。がん細胞はこのPD-1を活性化する物質をつくり出し、免疫にブレーキをかけて自らを増殖させるのです。
ニボルマブはPD-1に対する抗体で、PD-1の働きを抑えることでブレーキをはずし、免疫機構を活性化させ、がん細胞の排除に働くのです。

免疫チェックポイントにはPD-1以外にも多数あることが知られており、全てのがん細胞がPD-1の活性化を介して増殖しているわけではありません。ニボルマブの有効率が20~40%なのも、そのためと思われます。今後、他の免疫チェックポイントに対する抗体が開発されれば、ニボルマブが効かないがんに対しても効果が得られるかもしれません。

ただし問題があります。一つは活性化した免疫機構が自分自身の体を攻撃するために生じる1型糖尿病、眼のブドウ膜炎、重症筋無力症、特発性血小板減少性紫斑病、心筋炎、間質性肺炎、尿細管間質性腎炎、多発性筋炎などの多彩な有害事象です。死亡例も報告されています。

もう一つは薬価が高額であること。ニボルマブを体重60kgの人が2週間ごとに使うと年間2,500万円(発売当初は3,500万円)かかります。薬価はさらに引き下げられそうですが、製薬会社は適応拡大に動いており、当初は悪性黒色腫のみだったものが、現在は非小細胞肺がん、腎細胞がん、ホジキンリンパ腫、頭頸部がん、胃がん、悪性胸膜中皮腫の7種類が保険適応となっています。今後さらに増えることは間違いありません。とすれば多少薬価が下がったとしても、使用患者数は増えますので、医療費全体は増加します。はたしてどこまで保険で支えられるのでしょうか。

いろいろな問題はあっても、それまでの治療で効果が得られなかったがん(の一部)にニボルマブが有用であることは確かです。しかし全てのがんを治せる魔法の薬ではありません。主治医とご相談いただき、限界があることを十分理解した上で使うべきでしょう。

本庶氏のノーベル医学生理学賞受賞が報じられてから、がん専門病院やニボルマブを製造販売している製薬会社には問い合わせが相次いだそうです。がん患者さんの期待の表れなのでしょう。でもニボルマブは魔法の薬ではありません。また、この機に便乗してわけのわからない免疫療法の宣伝も行われているようです。あわてて飛びついたりなさいませんよう…。
いろいろな情報を集めることは大切です。でもがん治療において一番大事なのは、あなたの主治医としっかりした信頼関係を築き、十分に話し合うことです。怪しげな情報に惑わされて右往左往することだけは避けましょう。

平成30年11月8日
病院長 藤原正博

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