病気に対する差別意識

この11月から外科外来北側に化学療法センターをオープンしました。これまで、内科、外科、泌尿器科でバラバラに行われていたがんの外来化学療法を、一か所にまとめ、患者さんにより良い環境で治療を受けていただくためのものです。
ところがある患者さんから苦情が寄せられました。「これでは自分ががん患者であることが周りに知られてしまう。」というものでした。入口に「化学療法センター」と掲示してありますので、そこに出入りするとなると、確かにそうかもしれません。患者さんの中には自分の病気を人に知られたくないとお考えの方もいらっしゃるので、そのあたりの配慮不足についてはお詫びしなければなりません。とりあえず入口付近に観葉植物を置いて、「化学療法センター」という掲示が目立たないようにいたしました。

がんに限らず、自分の病気のことを他人に知られたくないとお考えの方は確かにいらっしゃいます。でも、何故なのでしょうか。もちろん病気は他人に誇るようなものではありませんし、わざわざひけらかすようなものでもありませんが、そうかといって隠さなければいけないものでもないはずです。
病気を隠したがる最大の理由、それは周囲の人々の病者に対する差別意識なのだろうと私は考えています。その最たるものがハンセン病であり、水俣病であったわけです。差別意識の根底にあるのは病気に対する「無知」と、自分だけは病気にはならないという「勘違い」。

人はいつか必ず死を迎え、そしてほとんどの人が死ぬまでの間に何らかの病気に罹ります。自分だけ病気にならないということはあり得ないのです。にもかかわらず、大勢の人々は自分だけは死なない、自分だけは病気にはならないと思っているように見えます。

がんという病気は昔から差別の対象となって来ました。でも考えてみて下さい。今では二人に一人はがんという病気に罹ると言われる時代です。今は元気そうに見えても、あなただっていつかがんという病気になるかもしれないのです。たとえあなたはならないにしても、あなたの家族や友人・知人ががんという病気に罹るかもしれないのです。そうなったときに、周りから差別されることに、あなたは耐えられますか? その差別を受け入れることができますか?

戦争で戦う兵士ならば、病弱な人は役に立たないといって切り捨てられるかもしれませんが、一般社会は戦場ではありません(ビジネスの世界は戦場に例えられることもあるようですが…)。そこで暮らす様々な人々が互いに手を取り合い、助け合って生きて行くことこそが大切なのではないでしようか。病気や障害を持った人々を切り捨てるような社会に、けっして明るい未来はないと思います。

がんという病気がなぜ差別の対象となるのでしょうか。死ぬ病気だから? 苦痛が強く、周りで見ているのも気の毒だから? 他に何か理由がありますか?
死ぬ病気は他にいくらでもあります。がんだけが特別視される理由はありません。否、がんは最近では半分は治る時代です。「治らない病気」というイメージは変わりつつあります。
「がんサバイバー」という言葉があります。サバイバーというのは「生存者」という意味で、「がんで死ぬはずだったのに運よく生き残った人」というイメージの言葉で、私は嫌いです。がんは死ぬ病気と思われているから、このような言葉が出てくるのでしょう。
がんの患者さんが様々な苦痛を抱えるのは事実です。でもそれも緩和ケアの知識・技術の進歩、定着により、かなり和らげることができるようになっています。昔のように耐え難い痛みにもがき苦しんで亡くなるというようなことはないのです。
今、がん患者の社会復帰がうまくいかないことが問題となっています。せっかく治療を終えて状態がよくなっても、前の職場が受け入れてくれない、あるいは新たに職を探そうとしても、がんを患っていたということで就職を拒否される、等々。
また化学療法を外来で受けながら仕事を続けたいと思っても、会社からはそれとなく肩たたきをされるとかいう話もあります。

病気である、ないを別にしても、社会には様々な人がいます。そのことを認め、お互いに尊重し合うことで初めて、社会が成り立つのではないでしょうか。こうでなければならない、そこから外れた人は排除するという考え方が如何に危険であるか、今更私が言うまでもないことです。

ここまで私がこのコラムを執筆してきた一番の理由は、皆さんに医療というものを知っていただきたい、そして医療と上手に付き合っていただきたいという思いからです。あえて病気そのものの解説は避けて来ました。病気は多様性に富み、同じ病名がついていても、その病状は患者さん一人一人みんな異なるからです。教科書的な記載はある程度役には立ちますが、あくまでも一般論です。あなたに当てはまることもあるし、当てはまらないこともあるのです。
今何らかの病気に罹っておられる人は、是非ご自身の病気を理解するための努力をして下さい。病気を理解するためにはそれなりの勉強が必要です。自分の身体のことなのですから、全部人任せというわけにはいきませんよ。勉強をして、その知識を基に、担当医と話をして下さい。そしてあなたにとって一番いい治療を選択して下さい。

もし可能なら、自分の病気のことを周りの人々に伝え、できることはやり、できないことは手を貸してもらうという形をとれないでしょうか。確かに勇気がいることですね。周りの人々が理解してくれなければ、あなたがつらい思いをするだけかもしれません。
でも、いつまでも病気を隠さなければならない社会が続くことは、あなたにとっても、またいつか病気になる人にとっても、いいことではないと、私は思うのですが…。
がんもそうですが、喫緊の課題は認知症への対応です。認知症という病気は地域全体での対応が求められます。医療機関にかかれば済むというものではないからです。認知症こそ周りに病状を伝え、周りの人々の手を借りなければならない病気なのではないかと思います。そのためには周りの人々が認知症という病気を理解しなければなりません。そして、ひょっとしたらいつか自分も、という思いを持って患者さんに対応することが求められるのではないかと思います。

病気でない人が、自分もいつか病気になるかもしれないという思いを持って、病気、そして病者に対して暖かい手をさしのべる社会、そんな社会が実現するといいなぁ、と思っています。

 平成27年11月12日
病院長 藤原正博

カテゴリー: 院長の部屋