がん難民を生み出すもの

前回のコラムでEBM(Evidence-based medicine~根拠に基づいた医療)の話をしました。ちょっと難しかったかもしれませんね。でもエビデンスのみにこだわると、表題に掲げたがん難民を生むことになりかねません。

最近よく耳にするのは、大病院でがんの治療を受けていた患者さんが、種々化学療法で効果が得られず、担当医に「ウチではもうやることがないので、あとはホスピスなどで緩和を」と言われて途方に暮れた、という話です。
大病院には大勢の患者さんが治癒を求めて集まりますから、治癒を望めない患者さんをいつまでも置いておけないというのが大病院の言い分でしょう。でも患者さんにしてみれば、それまで治ることを期待し、信頼していた大病院から引導を渡され、放り出された、という思いになるのも当然だと思います。
なぜこのような事態が起こるのでしょうか。大病院側にもいろいろ事情はあるのでしょうが、原因の一つはエビデンスへのこだわり過ぎ、そしてもう一つは国の医療政策の問題(役割分担、効率化)ではないかと私は考えています。

がんの治療は手術、放射線照射、化学療法(抗がん剤治療)が三本柱です。それぞれの役割、治療全体に占める比率は時代とともに変わって来てはいますが、今なお重要な地位を占めることは間違いありません。(近藤 誠氏のように一切のがん治療を否定される方もいますが、ここでは言及しません。)中でも化学療法の最近の進歩は著しいものがあります。
場合によっては三本柱を組み合わせることもあります。

抗がん剤には様々なものがありますが、使う側が好き勝手に使っていいというわけではありません。現在の化学療法には、がんの種類に応じて「標準療法」というものが設定されています。これはエビデンスに基づいた現時点で最も効果が期待できる治療法ということです。言い換えれば現時点での最良の治療法ということになります。標準ということは、さらに上のプレミアム治療があるのかとお考えになるかもしれませんが、けっしてそうではありません。
ただ、誤解のないように申し上げておきますが、標準治療で全てのがん患者さんが治るわけではありません。いくつかの治療法の中で、他の治療法に比べてより有効で、有害事象も少ないものが標準治療とされているのであって、効く人もいれば効かない人もいるのです。人によっては他の治療法の方が効くという可能性もあります。
標準治療もたった一つということではなくて、いくつかの選択肢があるのが普通です。

がんと診断され、化学療法が必要となったときにはまずファーストラインの治療として標準治療が選択されます。それで十分な効果が得られない場合にはセカンドラインの治療、さらにはサードラインの治療と進みます。ただこの辺りまで来ると、治癒を望むことは難しくなります。それ故大病院は「ウチではもうやることがない」と言うのでしょうが、医療側としてできることはいくらでもあります。治すことは叶わないにしても、がんの進行を抑えたり、緩やかにしたり、あるいは苦痛緩和のための対応をしたり…。お互いの信頼関係ができているのなら、患者さんの傍にいて話を聞くだけでもいいのです。これらの対応にはひょっとするときちんとしたエビデンスはないかもしれません。でもエビデンスがないからできない、やってはいけないということではないのではないか、と私は思うのです。エビデンスは重要です。でも医療はそれだけではないと思うのです。

エビデンスがないと切り捨てるのは簡単です。でも大学病院やがんセンターなどの専門病院は、標準治療では効果の得られない患者さんに対して、じゃあそのあとをどうするのか、ということを考えるべきではないでしょうか。
がん診療連携拠点病院が整備されたことで、国の言うがん治療の「均てん化」(どの地域でも同レベルの治療を受けられる)はある程度達成されつつあります。今や余程変わった医師でなければがんの化学療法に際してはまず標準治療を選択します。大学病院やがん専門病院が標準治療だけやって、効かなくなったらハイ、サヨナラでは、専門病院としての意味がないのではないでしょうか。標準治療の効果が得られなくなった時こそ新たな治療法開発に向けて、試行錯誤を繰り返す、そして新たなエビデンスをつくり上げる、それこそが専門病院の使命ではないのでしょうか。

患者さんの側にも考えていただきたいことがあります。医学・医療には限界があり、残念ですが全ての病気を治すことなどできません。がんについて言えば、せいぜい治せるのは半分です。現時点でのベストの治療を行ったにもかかわらず治癒が望めなくなった場合にどうするのか、そのことを是非考えておいていただきたいのです。
限りなく治癒にこだわり続けると、結局苦しむだけということになりかねません。あるいは風評に流されて、いわゆるがん難民ということになります。
何が何でも治すために命を賭けるというのなら、私も反対はしません。それがその人の生き方なのでしょうから。でも最期の最期まで抗がん剤治療を続けると、身体がボロボロになります。苦しんで苦しんで、結局は亡くなっていくという方がほとんどなのです。

大病院の対応を批判する文章を書いてきましたが、たぶん大病院も医療の効率化という国の締め付けのもと、心ならずも患者さんを追い出すような形をとらざるを得ないのだろうと思います。でもそうであればそれまでの間に患者さんとよく話をして、がん難民をつくり出さない努力をすべきだろうと思います。

エビデンスは集団と集団との比較で導き出されたものです。でも医療は基本的には「個」が対象です。そのあたりの兼ね合いがとても難しい。何が何でもエビデンスではなく、目の前の患者さんにどう対応するのが一番いいのかを考えてみる必要があると思います。実はそれが本来のEBMなのですが…。

 平成28年3月24日
病院長 藤原正博

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