救急車と救急医療について考える

平成28年2月19日未明、奈良県天理市の66歳の男性が自宅で胸痛を訴え、妻が119番通報をしたそうです。ところがそれを受けた消防職員が住所検索システムに誤った住所を入力したために、救急車の到着が10分位遅れ、男性は病院に運ばれましたが心筋梗塞で死亡したとのこと。これに対して遺族が、男性の死亡は救急車の到着が遅れたのが原因であるとして、約3,700万円の損害賠償を求めて提訴したとの記事が新聞に掲載されました。

10分の遅れが本当に死亡と因果関係があるのかどうかは何とも言えませんが、ご遺族の「もう少し早く治療を受けられれば助かったのではないか」と思う気持ちは十分理解できます。しかし10分の遅れが訴訟に結びつくとなると、医療現場に身を置く者としては複雑な思いを抱きます。

救急隊員も医療関係者も、救急患者に対応すべく、日々身を粉にして頑張っています。消防年報によると、119番通報を受けてから現場に到着するまでの時間は新潟県全体では平均8.9分(市町村別では7.2~10.9分、柏崎市は9.5分)、119番通報を受けてから医療機関に収容するまでに要した時間は県平均が44.2分(36.0~56.9分、柏崎市は40.6分)となっています(平成28年のデータ)。
柏崎市についてもう少し詳しくみてみると、現場到着所要時間は最短1分、最長39分、収容所要時間は最短9分、最長168分となっています。また重症度別にみると、死亡4.5%、重症18.4%、中等症32.0%、軽症45.2%という内訳で、結果的には救急車を必要としなかった軽症者が半分近くを占めています。

救急車の適正利用については以前より言われていることですが、実際には具合が悪い時に救急車を呼んだ方がいいのかどうかを皆さんが判断するのは難しいかもしれません。しかし東京消防庁が公開している次のような救急車の利用は、是非やめていただきたいと思います。
① 24歳、女性。歩けるが、どこの病院に行ったらよいかわからないので、救急車を要請した。
② 68歳、女性。本日病院に入院する予定になっているが、自分で行くとタクシー代がかかるので、救急車を要請した。
③ 8歳、男児。子どもが友達と遊んでいて転び、膝を擦りむいた。救急車で病院に行けば優先的に診てもらえると思った母親が、救急車を要請した。
④ 72歳、女性。眠れなくて、誰かに話を聞いてほしくて救急車を要請した。
⑤ 48歳、男性。料理中に包丁で小指を切った。傷口の血は既に止まっていたが、整形外科の専門の医師がいる病院に連れて行ってほしいと、救急車を要請した。
東京消防庁管内は軽症者の救急搬送が52%で柏崎市よりも多いため、やむなくこのような事例を公開して救急車の適正利用を呼び掛けているのでしょう。

消防職員がミスをしたことについては責められても仕方ないかもしれません。でも10分の遅れが訴訟に結び付くとなると、救急医療体制を考え直さなければならなくなるかもしれません。

まず救急患者をできるだけ早く医療機関に搬送するための救急車の運用についてですが、タクシー代わりに安易に利用する人を減らす必要があり、そのために以前から言われている有料化の問題。
救急車利用が無料なのは先進国では日本だけ。他の国々では数万円のお金がかかります。救急車の無料を維持するために、これまでは国民に適正利用を呼びかけ、道徳観に訴えて来たのですが、もはや限界かもしれません。
救急車を有料化すれば、おそらく軽症者の利用は減ると思います。そして救急車の運用に余裕ができ、現場到着所要時間は短くなると思われます。
救急車で搬入される患者の数が減れば、医療機関にも余裕ができて、受け入れ困難という事態は減るはずです。都会でのいわゆる「たらい回し」が解消されることが期待できます。
しかし一方では金銭的に余裕のない人は救急車を呼ぶことを躊躇する可能性があり、助かる命が助からないということも起こり得ます。

もう一つ考えなければならないのは、救急患者を受け入れる医療機関側の問題。
今国は、二次医療圏単位での病院の再編・役割分担を推し進めようとしています。すなわち、急性期病院は二次医療圏の中心都市に集中させ、周辺地域の病院は回復期・慢性期の機能を担うというものです。
これを具体的に柏崎地域について考えてみると、柏崎市・刈羽村は長岡市、見附市、小千谷市、出雲崎町とともに二次医療圏を構成しています。厚生労働省の某官僚が「急性期病院は二次医療圏に一つか二つあればいい」と言っていることを踏まえれば、将来この地域の急性期病院が長岡市に集約されることは避けられないかもしれません。そうなると柏崎市も含めて周辺地域の病院は回復期・慢性期の病院とならざるを得ません。つまり当院での救急患者受け入れができなくなるということです。

しかし本当にそれでいいのでしょうか。柏崎と長岡の間は高速道路でも車で30分、一般国道を使うと約1時間、雪が降ると交通が遮断され、孤立することもあります。そんな地域においてもし救急対応ができなくなったとしたら、約9万の住民はどうすればいいのでしょうか。運命と思ってあきらめる? 皆さんがそうお考えになるのであれば、私がどうこう言う必要はありません。救急車の収容所要時間が延びる(10分どころではありません)のは間違いありませんので、治療開始が遅れてもそれを甘んじて受け容れる覚悟が必要です。
いや、そうじゃない、柏崎地域は今の医療体制を維持しなければならないとお思いになるのでしたら、それを維持するためにはどうすればいいのかを、是非お考えいただきたいと思います。
現在の柏崎地域の救急医療は、各医療機関の協力によりほぼこの地域内で完結しています。もしそれが崩れることになったら…。

二次医療圏云々というのは人口密度の高い都会を対象とした国の構想です。都会であれば肯ける部分もあるのですが、人口密度が低い地方においては、人口20万程度を基準に一つの二次医療圏を設定するというのは現実的ではありません。新潟県の実情を考慮した上で二次医療圏を見直す必要があることを、ずっと主張し続け、県にもお願いをしてきているのですが、なかなか聞いていただけません。

柏崎市は将来の人口減少を何とか最小限にしたいと考えて様々な施策を打ち出していますが、もしこの地域で十分な医療を受けるのが難しくなるとしたら、さらなる人口流出は避けられません。
柏崎をどういう街にしていくのか、市民一人一人が考える必要があります。他人事ではないのです。

平成30年5月24日
病院長 藤原正博

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